2016年11月23日水曜日

祖国逆上陸 肉欲巡行作戦(しょの弐)

 私が持ち込んだカメラはオリンパスのTG-4と京セラの携帯電話だ。
携帯電話はともかくとして、TG-4に至ってはハウジングを外すと使い方がサッパリ判らん。
かさばるけれどもハウジングも持ち込めば良かった。(反省)
夕日モードとか風景モードとかポートレートもーどとか何がなんだか。である。
そんじゃぁ夕日をバックに屋外でオネーチャンと料理を撮影したい時の基準モードは何?って状態である。
結局、景色は水中ワイド1モード、精々アップは水中マクロモードでしか撮影しなかった。


 国道8号線から県道204号線を経て県道305号線へとひたすら意固地になって海岸線を責める攻める。
隊員の口中には、私が駅で買い求めた福井名産かみかみ昆布が放り込まれている。
県道をしばらく進むと閉鎖されたレストランとかからゾンビがワラワラと溢れ出てきても全く問題無い雰囲気が醸し出される。
私は海の見える明媚な場所で写真でも撮ろうと訴え続けていた。
ハンドルを握る王子が「しょうがねぇなぁ。」って感じで、怪しい温泉塔の建つバスの停車場にBMWを乗り込ませる。
ケッ、防波堤が高すぎて海が見えねぇ。ライオン・マークのバスしか見えねぇ。思わず西鉄バスかよ。と口に出してしまう。
ってか、目的地の越前海鮮市場までもう2,500m、トラック6周分を残すだけやんけ。

 そもそもが肉欲巡行なのである。
単なる移動の旅でお満足して
「3食バッソとクルップで構わんよ。」
等と断言できる悟りを持ち合わせていないのだよ。
先ずは、海鮮市場を偵察する。
何か・・・ショ・・・ボ・・・(略)いやいや、今やロシアのカニやノルウェーのサバが東ジャワで加工される時勢である。
お笑い民進党の代表に国籍明示を求めても、海産物に出生を尋ねるのは詮無きことなのだ。
博多の海鮮業界にビシバシと斬り込んでいるヒゲヒゲ・スナイパーが早速にめざとく するどく”ふろむ・カナダ~”ってプリントされたダンボール箱を指差している。
我々が潜った時に挨拶するお魚も今では死骸となって箱に入っておられる。
イチヂカン中尉は人生で初めてオマンボウに出逢う。子供用座布団サイズだ。
おマンボウさん、チィーッス。
此処のHPでは市場で高級したカニをその場で焼くなり蒸すなりして食せる雰囲気が充満していたのに・・・何処で出来んのよ!
既にカニ・ミュージアムへ入る気も失せていた我々であったが、気を取り直し”せいこガニ”なるカニを食すべく県道を隔てた道の駅へと向かった。
閉店しているテナントを掻き分けて3階へエレベーターで登る。
とりあえず"せいこガニ丼"をかき込む。
 見方によっては援助交際推進派的ファッションに身を包んだ王子だけは我々の倍の価格を支払って、主席様的御膳に食らいつくのだった。
カニは甲羅の奥まで卵や味噌が詰まった絶品であった。だが、大きさは同じでも王子の主席様的御膳の蟹の方が卵も味噌も多い。しかも身をほじくり出す器具まで付いていやがる。
私の推察では、安い方の丼では厨房の奥の方でパートのオバチャン達がせっせと蟹の甲羅に木皿から取り出した味噌や卵を固定剤と一緒に詰めているのではなかろうか。
甲羅部も足もバラバラなのがその証拠だ。
とは言えカニを食すると、どうしても全員が無言になってしまうのだ。
甲羅や殻から身を突きだして食べるっつーのは、パソコンの冷却ファンを綿棒で掃除する作業に似ているのだ。
厨房の換気ファンに、こびり付いた油ゴミを取り除く作業にも似ている。
ど~しても気分が消沈しがちとなる。
タールに汚れたマルメロ軍曹の機材清掃の日々を思い出してしまうのだよ。

 もう、コーなっては温泉である。
故・立川談志師匠も語っていた。
「銭湯は嘘をつかない」なのだ。
道の駅「越前」よ、露天風呂「漁火」だけはウソを吐かなかったよぅ。
晴れ渡った日本海を視界の全てに収めつつ温泉に浸かる。
「湯からつま先を出せばノボセずに長く浸かれるぜ。」
寝そべった状態で爪先を出してみる私と王子。
股間に揺れるヒジキに包まれたホヤふたつ。
日本海しか見えない絶景に私がつぶやく。
「あーぁ、今この時に、目の前を、女子高生グループとかOLさん達が通り過ぎれば良いのに。」
どんな苦労をして辿り着いた温泉であっても10を数えたら湯船から這い上がる私であったが、この時は300秒位も長湯をしてしまった。
風呂から出たらイチぢカン中尉が不満顔でうろついている。
この作戦に参加した唯一の女性故に単独終始無言で女湯の状況に耐えられなかったらしい。
済まないことをしてしまった。我々オぢサン達も一緒に入れば実に賑やかであったろう・・・。
所が彼女の不満は違っていた。
矢張り道の駅のHPにあった「桃」「いちご」「オレンジ」のアイスキャンディ”雫”が売られていなかったことなのであった。
不憫に感じたのか、ヒゲヒゲ・スナイパーが"海の塩ソフトクリーム"なる怪しげな物体を購入してあげていた。
私も一口よばれた。
濃厚なジャジー牛のクリームに散りばめられた
 荷物運びのトッカンのシャツから絞りとったフレッシュな汗汁的塩味がぁぁぁ(イイネ!)
  口いっぱいに広がってそこはかとなく趣のある一品であった。ミネラリーって感じ?
さぁ、益々気を取り直してお土産屋さんを漁る。名物"へしこ"とか狙っていたが、殆どの御土産には「要冷蔵」の文字がつきまとう。
その手のお土産は、きっぱり、あっさりと諦めた。乾き物を求めることにする。
恐らくインドネシア産であろうエビの加工品とか、何処で捕れたか不明なカニを用いたお茶漬けの素とかを購入してしまった。
何と無く満足で何と無く不満足な越前の海を後にする。
 やはり福井はカツ丼ですよね!っつ~事だ。
ソースカツ丼を求めて道の駅 パークイン丹生ケ丘へ。
私と援助交際推進派的王子がソースかつ丼を各々注文する。
ヒゲヒゲ・スナイパーとザンビア・サンピア中尉が取り皿を無言で用意する。
この後に敦賀で寿司三昧を企んでいる我々は慎重に事を運ばざるをえないのだ。
4人で仲良く人生初のソースかつ丼を味わう。ふむ、豚肉が柔らかい。
そして・・・コリャぁ飯粒無しでは欲望に耐えられぬソースだわ。
福井出身のT・ナカオレ中佐の力説が今ここに満開の花を咲かせたのだった。
最近出来た歯並びの悪い彼女の話を始めるヒゲヒゲ・スナイパー。
彼は話しながらも、小洒落たダークカラーのズボンと靴と靴下のない指先とかにもソースかつ丼を味見させていた。
意識高い系は苦労も多いのだ。
HPへの意欲と現実の☓○☓な道の駅を後にして北陸自動車道へと向かう。
SPEEDI?!
道の駅 パークイン丹生ケ丘の案内図


  ただ単に向かうだけではないのだ。
黄色く染まったイチョウ並木を抜けて日本のメガネフレーム生産の96%を担う鯖江市のめがねミュージアムへと立ち寄った。
私個人は眼鏡には未だ大してお世話になっていない。
しかし他の3人はメガネに大変興味があるのだ。
ミュージアムと言えば博物館なのであるが、安心してメガネを買える場所でもあるらしい。
ヒゲヒゲ・スナイパーは良いものが有れば購入するつもりだ。
閉館迫る午後遅い、めがねミュージアム。
私はトイレに立ち寄り、置かれているガチャガチャの中身を確認し、売店のオネーチャンと無駄話に興じてしまったので博物館入りが皆よりも遅れた。
3人が何か糞真面目一本人生風説明員と押し問答をしている。
インドネシアの地で散々チャロや白タクと遣り合った面々が説明オッチャンの売り込みに押されている。
説明員はステッキを持ちあげながら力説していた。
「ただ単に展示品を見て回るなら数分で済む。しかし貴方がたの脳裏には何も残らない。
私の説明を聞けば30分はかかるが貴方がたの記憶に留まる博物館となる。」
口調からして教育関係から定年退職後の職場っぽいオッチャンである。
そんな事よりもメガネを買いたいヒゲヒゲ・スナイパーの要望も無視した、有無を言わせぬ口調は優秀な営業マンでもある。
ってか、結局ミュージアムでの売上も、訪れた客の都合も、閉店・閉館時間も、この"福井の漢"的オッチャンのメガネには映らないのだった。
あ、営業マン失格やん。
「今までメガネを生産していた東京・大阪が空襲に遭った。生き残った鯖江の街が結局日本一の生産を受け持ったのである。」
突っ込みどころを求めていた私は「そりゃ、ラッキーっすね。」と相づちを打ってあげた。
ワタクシ的には大好きになっためがねミュージアムの説明員のオッチャンであった。
軽薄な輩は奥の方に展示された有名人寄贈のメガネでも眺めるのだろうが、私はそんなの信じないっすな。
キリスト寄贈とかモハメッド寄贈のメガネがあってもオカシクはないぜ。
次回も機会があれば訪れたい。そしてオッチャンの説明のお仕事の後に一緒に風俗巡りをしてみたい。
絶対にこーゆータイプの生真面目一本道なオッチャンはハマって溺れるはずだ。
そして、全インドネシア白タク&チャロ協会はオッチャンの元で売り込みの研修を積むがヨイ!
続くの。

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